泉は広場に向かっていました。今日は広場で友達とかくれんぼをする約束でした。泉は活発な女の子で、かくれんぼのような元気な遊びが大好きでした。これから、かくれんぼ遊びをするかと思うと泉は嬉しくなって、かくれんぼで隠れる場所に走って行く速さよりも速い速さで、広場まで走りました。そうすると、泉は誰よりも早くに広場に着きました。広場にはまだ誰も来ていません、そして広場には誰もいませんでした。ベンチの上で、猫が眠そうにしているだけでした。その猫は大きなあくびをしました。猫はとても気持ちよさそうだったので、泉はその猫の居るベンチに座って友達を待つことにしました。すると泉の横で、またその猫はあくびをしました。猫はとても気持ちよさそうだったので、泉は悔しくなって、その大きく開いている猫の口の中に、自分の指を一本入れてみました。すると、猫はびっくりして急いで口を閉じてしまいました。すると泉の指が一本無くなってしまいました。泉は大変困りました。指がなかったら、かくれんぼのためのじゃんけんができません。びっくりした泉は、おおあわてで自分の指を探しました。自分の座っていたベンチの下を探しました。隣のベンチの下も探しました。その隣も、さらにその隣も、ずっと最後まで。それから花壇の中も探しました。電話ボックスの周りも探しました。それでもまだ泉の指は見付かりませんでした。泉はとても困りました。このままではかくれんぼのためのじゃんけんができません。それから泉は落ち着いて考え直してみました。すると、ひょっとしたら猫が自分の指を食べてしまったのではないか、という考えが浮かびました。そう思ってさっきの猫を見てみると、猫はもうぐっすりと眠っていました。泉は、自分の指がこの猫の中にあるに違いないと思ったので、猫の中に入ることにしました。まず泉は猫の前に立ちました。それからゆっくりと猫の口をノックしました。トンットンッ。泉は不安でしたが、猫の口が開くのを待ちました。ところが、猫の口は開きません。それでも泉は諦めませんでした。もう一度ノックしました。トンットンッ。すると今度はゆっくりと猫の口が開きました。泉は猫の中に入ることにしました。でも、またいつ猫の口が閉じるかわからないので、泉は駆け足で中に入っていきました。
 気が付くと、泉は友達とかくれんぼの約束をした広場にいました。広場には、泉以外に誰もいませんでした。ベンチの上に猫が眠っているだけでした。泉は自分の手を見ました。やっぱり指はありません。このままでは、かくれんぼのためのじゃんけんができません。泉はまた自分の指を探し始めました。ベンチの下、花壇の中、電話ボックスの周り。しかしまだ指は見付かりません。もう一度泉は考えました。でもやはり、猫の中にあるような気がしてたまりません。泉はもう一度猫の前に立ち、猫の口をノックしました。トンットンッ。ノックをすると猫の口の中から返事が返ってきました。「入ってまーす」その声は泉自身の声でした。泉は訳が分からなくなりました。でももう一度ゆっくり考えてみました。分かりました。泉はもう既に猫の中にいるのです。それなら、猫の中から泉の声が聞こえてくるのも分かります。それにもう泉は猫の中に入ったのですから、入る必要はありません。それに入ろうと思ってももう既に定員オーバーになっているでしょう。それから泉は猫の中に入ろうとするのを諦めました。しかしもう既に猫の中に入っているので、猫の中で指を探すことにしました。猫の中と言ってもこの広場だけではありません。他の場所も探そうと思いました。そう思って広場から出ようとすると、郵便配達のお兄さんに出会いました。郵便配達のお兄さんはなんでも知ってそうに見えました。泉は、この人なら私の指が何処にあるか知っているに違いないと思いました。郵便配達のお兄さんも、泉の困っている様子に気が付き、泉に話しかけてきました。「どうしたんだい。何か困ったことでもあるのかい」とお兄さんが訪ねると泉は答えました。「私の指、何処にあるか知らない」それを聴くとお兄さんは得意げに答えました。「君の郵便?それはお家で待っていたら僕が届けて上げるよ。きっと今日は何かが届く日なんだね。この近くのお家だったらもうすぐ届けるから、うちに帰って待っているといいよ」とお兄さんは答えました。泉は喜びました。家に帰って待っていれば指が見付かるのです。泉は「私の指は、やっぱり猫の中にあったのね」と思いました。そして、大喜びで家に帰りました。
 泉は家の前で、郵便配達のお兄さんを待っていました。泉は待ち遠しくていらいらしていましたが、遠くの方に郵便配達のお兄さんの自転車が見えるとまた嬉しくなってきました。初めは点のようにしか見えなかった郵便配達の自転車は、一秒もしない内に泉の目の前にありました。泉はびっくりしましたが、大喜びでした。郵便配達のお兄さんは、自転車のかごから得意げに封筒を取り出しました。その封筒には、「泉ちゃんへ」と書いてありました。その封筒を泉が受け取ったかと思うと、郵便配達のお兄さんは風のように去っていきました。すごい風が起こったので、思わず封筒を落としそうになったほどでした。泉は早速その封筒を開けてみました。するとその封筒の中には、先ほど失った泉の指が入っていました。泉は大喜びでその指を自分の手に着けてみようとしましたが、いくら付けようとしてもその指は、すぐに手から落ちてしまいます。泉は困りました。すると、まだ封筒の中に何かが入っているのに気が付きました。封筒の中を覗いてみると、紙切れと接着剤が入っていました。その紙切れには次のように書かれていました。「親愛なる泉ちゃんへ 前略、さっきはごめんね。いきなり口の中に指が入ってきたものだから、びっくりして食べちゃいました。食べてしまったものはおなかの中に入ってしまったので、おなかの中の泉ちゃんの家に送りました。ちゃんと泉ちゃんの元に届くか不安ですが、もとどおり指を付けるための接着剤もつけておきました。使って下さい。草々 眠そうな猫より」泉はこれを読んで感激しました。泉は猫に感謝しながら、接着剤を使って自分の指をもとどおりにしました。泉は喜びました。これでかくれんぼのためのじゃんけんをすることができます。そう思って、泉は大急ぎで広場へ向かいました。これまでの泉の中で、一番速い駆け足でした。しかし、広場に行ってもまだ誰も来ていません。広場にはやはり泉がひとりぼっちでした。そこには猫が寝ているだけでした。しばらく待っても誰も来ませんでした。「どうして誰も来ないんだろう」と泉は思いました。そして泉は考えました。そして友達との約束を思い出しました。友達とは広場でかくれんぼをしようと約束して、猫の中の広場でかくれんぼをしようとは約束をしていないのですが、ここは猫の中の広場なのでした。泉は困りました。泉は猫の中にいるのですが、どうやって猫の外に出るのか分かりませんでした。入ってきた道を戻ろうと思っても、入ってきた道が分かりません。困り果てた泉は、眠っている猫の横に座ってさらに考えました。考えている内にやがて眠ってしまいました。泉は猫よりも気持ちよさそうに寝ていました。
 泉の肩をだれかが叩きました。泉は眠そうな目を開きました。するとそこには友達が皆揃っていました。「ひょっとすると猫の外の広場に戻ってきたのかも知れない」と思いました。そして、横に眠っている猫の口をノックしました。トンットンッ。そして返事を待ちましたが、何の返事もありませんでした。泉は猫の中にいないので、返事があるわけはありませんでした。泉は元に戻って来れたと安心して、友達とかくれんぼを始めました。泉の手にはきちんと指があるので、じゃんけんをするのに何も困りませんでした。そして、泉はじゃんけんに勝つことができました。泉は鬼ではありません。泉はこの広場の中から隠れるところを探しました。泉はすぐにひらめきました。そしてそこに隠れようと思いました。泉は猫の前に立ちました。そして猫の口をノックしました。もうすぐ猫の口が開くはずです。


※この作品は甲南大学文化会文学研究会刊「ゲゲーベン39号」(1997)、「甲南文芸44号」(1998)に掲載されました。