ハーバード・ビジネス・レビューに掲載された論文の中から、ナレッジ・マネジメントに関するものが選ばれて、まとめられている。ナレッジ・マネジメントというもの全体を知るためでなく、ナレッジ・マネジメントの考え方をより深めていくために読むための本。以下は各論文の感想。
 情報が組織を変える(ピーター・F・ドラッカー)…情報化が如何に組織を変えていくか。まず、情報の中継を行うだけの中間管理職は不要になる。価値ある情報は、トップが吸い上げるだけでなく、現場の前線に居るスペシャリストによって保持・活用される組織へと変革していく。という内容の論文。よく耳にする知られた内容だが、この論文ではそれに加えて、中間管理職が不要になった結果、将来のトップを育てる環境が無くなってしまうという問題についても言及されている。その解決策として、組織の中で未来のトップを育てるのではなく、企業グループの子会社の経営者を親会社のトップとして活用していく方法が提案されている。僕の感想は「それは難しいかな」という気がした。適した代替案を持っているわけではないのだが、何かもっと考えていく必要があるような印象を受けた。
 知識創造企業(野中郁次郎)…こちらの論文は「形式知」「暗黙知」の話。共同化→連結化→表出化→内面化のプロセスを通じて、知識が組織内に展開されて行くという内容で、この内容はナレッジ・マネジメントが取り上げられる際に必ずといって良いほど耳にする。この論文自体は初めて読んだのだが、改めて読んでみたという印象を受けた。それほど頻繁に紹介されている内容ということが言えると思う。
 優秀なプロフェッショナルの学習を妨げる「防衛的思考」(クリス・アージリス)…単純に読んでいて面白い論文。コンサルタント達にプロジェクトの問題点について意見交換をさせたところ「顧客が悪い」「マネージャの管理が悪い」「組織(コンサルティングファーム)の仕組みが悪い」ということばかり言うだけで、自分達の内面的な問題点に目を向けようとしないとことが紹介されている。このように建設的に物事考えられない風土の組織は多いと思う。本論文では、この問題点の解決策として「トップから変化すること」が提案されている。これを逆説的に読むと、トップが自分達の内面的な問題に目を向けていない会社は、このような風土を持っていると予想することができるように考えられるのでは無いかと感じた。業績予測の下方修正を行った際に、環境変化などの問題ばかり上げて、自分達経営者自身の企業の舵取りに対する問題点検証とその対応策が示すことのできない会社。そんな会社は、全社的に「防衛的思考」が蔓延している可能性が高いと考えられるように思う。
 ラーニング・ヒストリー:経験を企業に生かす法(アート・クレイナー、ジョージ・ロース)…この論文で取り上げられているイプシロン・プロジェクト。このプロジェクトは組織のルールを無視し、取り組んだ結果非常に良い結果をもたらす。遂行過程では、組織からルールを守るように強制されてしまうが、結局のところ、隠れてルールを無視して進められていく。その結果、成功を納める。ルールを破ることが、このイプシロン・プロジェクトのように良い結果をもたらすとは限らないが、組織はこの結果から学ばなければならないことがたくさんあるのだろう。しかし、このような論文の事例は危険な事例でもあると思う。組織が凝り固まって身動きがとれなくなることも問題だけれど、ルールを守らないことの危険性も同時に存在するのだから。
 企業を「創造」する為の企業内研究(ジョン・シーリー・ブラウン)…ゼロックスのPARC(PaloAltoResearchCenter)で行われる研究及びその研究が実際の商品にどのように生かされてきているか。印刷物を出力するプリンタが、イノベーションによってコミュニケーションツールへと進化する。その進化の過程をたどった内容は興味深く読むことができた。
 プロフェッショナルの知的能力のマネジメント(ジェームス・ブライアン・クイン、フィリップ・アンダーソン、シドニー・フィンケルスタイン)…知的能力中心の組織。「組織を逆転させる」という組織の考え方は、末端に居るプロフェッショナルが中心となって活動し、その上司はプロフェッショナルをサポートする立場をとるという考え方。これを意識していた訳ではないが、実際には私は、人に仕事を依頼する際にその人が最高のパフォーマンスを出せるようにサポートしていく働きかけを意識している。このような働きかけが、知的能力を発揮するよい方法であるという考え方が存在することで、自分の意識に少しの自信を持つことができた。
 その他、「学習する組織」の構築(デイビッド・A・ガービン)、創造的摩擦を活用するマネジメント(ドロシー・レオナルド、スーザン・ストラウス)という論文が収録されている。